第五章 業 - Magic Recruit
「え、どうしたの? どうなったのさ! ママはどこなの?」
ラントは、話はよくわかってないが、芳しい状況ではないということは感じとっていた。
アルディは、言うか言うまいか迷った。そのまま話して大丈夫だろうか、思い違いをして傷ついてしまわないだろうか。だいたいにおいて正確に理解できるだろうか、一瞬様々思いあぐねていたが、ごまかしたり、嘘を言っても仕方ない、とありのままを話すことに決めた。この場合、相手が子供だろうと関係ない。
「それが、ママが先に飛空艇に乗っちゃったみたいなんだよ」
「えぇーーー!?」
予想通りの反応である。しかし、このまま追加で何も言わなければ、ラントの心はグチャグチャになる、そう感じたアルディは、即座にフォローを入れた。
「大丈夫、大丈夫、ママの方もラントを捜してるし、艇港の人がなんとかしてくれるよ」
「ほ、ほんとに...?」
ラントはすでに泣きかけていた。タッチの差だ。心が爆発した後では、取り返しは難しい。アルディは、気軽な感じで、マジだって、と相槌を打った。
受付嬢はまだこない。アルディは、待ちぼうけのこの機に、気になっていることを聞いた。
「ラント、ママとはぐれた時のこともっとよく思い出せないか?」
アルディが聞くと、ラントはうなって考えたが、ややあって、思い出してきたか、少しずつ話し始めた。
「うんと、飛空艇に乗るよ、ってママに言われて、人がいっぱいいるところに行って...ずっとママと手つないでたんだけど、手が離れちゃったから、服をつかんだんだよ。そしたら、今度は逆の方向に行っちゃって、今度はバスに乗ってたんだ!」
彼は、この子の記憶力は大したものだと感じつつ、ラントの一言一言を確認し、質問し、状況を整理していった。
つまりはこういことだ。ママと手をつなぎ、搭乗口まで向かったが、手を一瞬離してしまった。ママは別の子の手を掴み直してしまったかわからないが、先に搭乗してしまう。ラントはとっさに服の袖を掴むも、それは別の人で、その人はバスの乗り場へ向かって行った。ラントはそのままバスに乗って、街まで戻ってしまったわけだ。
アルディは愕然とした。全部この人ごみのせいだ。なんだって今日はこんなにもごった返しているのか。
そうこうしているうちに受付嬢が戻ってきた。男の係員も一緒に来た。男の制服は他の係員のそれとはまるで違い、いかにも"責任者"という風貌である。
受付嬢が手でアルディを指すと、男は落ち着いた声で口を開いた。
「お待たせいたしました。だいたいの状況は伺っておりますが、もう一度ご説明いただけませんでしょうか?」
男の落ち着いた態度に触れ、アルディの心も次第に落ち着きを取り戻していった。
彼は、ラントが母親を捜しているといるということを、先ほどより簡潔に説明した。
「グィーネ・ディ・バレンシア様をお探しということで、当艇港で確認いたしましたところ、やはり、昼十一時十分発のSH256便にご搭乗されております。艇内から先ほどグィーネ様から添乗員の者に連絡がございまして、お子さんをお捜しということを伺っております」
「~~~っ」
アルディは、ラントのママの所在が確認できたということを聞き、ひとまず安心はしたが、なぜこんなことになったかが気がかりでイラついた。艇港側で未然に防げたことではないのか。
「どうして、未然に対処できなかったんですか? 搭乗の時にこの子が乗ってるのか確認しなかったんですか?」
彼は、先ほど受付嬢に投げた質問を繰り返した。
男は、言いづらそうに事の原因と思われる事を話した。
「それが、本日シャーマル・ハインド社の運行便にて、十歳以下のお子さんのご搭乗料金が無料というキャンペーンをしておりまして...。お子さんのご搭乗はご両親の自己責任でございますので、確認漏れの原因はおそらくそれかと...」
「なんだそりゃぁ...」
とんだキャンペーンもあったものである。安くするけど迷子は知らない、ということだ。アルディは怒りを通り越してあきれた。そもそも、今日の港内のごった返しはこのキャンペーンが元凶ではないか。迷子が続発するのは目に見えている。
しかし、会社の運営にケチをつけている場合ではない。一刻も早くラントをママの元へ向かわせねばならない。
「大丈夫なんですか? この子を母親の元に行かせることができるんですか?」
アルディが聞くと、男は急に自信に満ちた顔になり言った。
「任せてください。当社が責任を持ってこの子を母親の元へお連れします!」
アルディは腸が煮えくり返るかと思った。
(責任持つのが遅いんだよ!!!)
もっともなツッコミであろう。責任を持つのが、発艇の前だったら、もっと言えばキャンペーンを企画する段階であれば、この事件は未然に防げたはずである。アルディは、この空艇会社の便は絶対に使わないことを固く誓った。
「え、なに、どうなったの!?」
ラントがもう我慢できないとばかりに聞いた。アルディは、よく今までじっとしてたな、と感心した。アルディと係員の話をずっと聞いていたのだ。この四、五歳の子供が。
この子はけっこう強い子かもしれない。そう思うと、アルディの心に慈しみが蘇ってきた。
「大丈夫、この"おっさん"が"責任持って"君をママのところに連れてってくれるってよ。まぁ、任せるの不安だけど」
アルディは、皮肉って"責任持って"の部分にアクセントを入れて言った。"おっさん"呼ばわりするおまけつきである。とりあえず、この一言で彼はすっきりした。係員の男は頬を引きつらせている。
「ほんと、ほんと?」
「あぁ、もう大丈夫」
ラントの問いに気軽に、かつ心を乗せてアルディは言った。と、ラントはぐずったと思うと、わんわんと泣きだした。
本当になんて強い子だ。今の今までこの感情を抑えてたなんて。最初出会った時も、相当懸命にママを捜した後だったに違いないとアルディは確信した。
アルディは、ほら泣くなって~など言いながら頭をなで、ラントを慰めた。