第五章 業 - Magic Recruit

 しばらく道々を歩くと、大きな洋館の屋敷、否、屋敷跡が見えてきた。その屋敷は背が高い。アルディ達の周りを家々が囲んでいるのにも関わらず、家々の屋根の上から、屋敷の塔の頭が出て見えるくらいだ。

 ほどなくして、屋敷の正門までたどりついた。正門の鉄柵は、壊れて、簡単に中に入ることができるのだが、鉄柵と鉄柵の間を、真新しい鎖がつないでいた。鉄柵の間から見える屋敷跡、その前に広がる、今は草木も枯れ切り雑草が生い茂るかつての庭園...。まるでそれは、栄枯盛衰、人の栄華とは永遠ではなく、いつか滅びるもの、という事を物語っているのであった。

「ここは...」

 アルディは、この屋敷がなんなのかを知っていた。

 かつて、二十数年前まで、ある有力者が影でこのマーリアルの街を支配していた。有力者は、マーリアルの市長と、教会の司祭長を、金で裏から操っていた。市場までも支配し、この街の金という金を自らに集中させた。有力者が街を支配した数年間は、マーリアルの街に暗い影を落とした時代でもあった。

 栄華を極めつつあった有力者であったが、市民と結託した内部の裏切りものの働きで暗殺されてしまった。

 それ以来、この屋敷はほっておかれていた。有力者の家族もすでに、人買いによって外国に売られてしまい、屋敷だけがポツン(ポツンといっても、かなり大きな屋敷と土地なのだが)と残っていた。市は、その屋敷の取り壊しの金を出さず、残したままにしていた。市民全員がその有力者の存在を忘れようとしていた。否、黙殺しようとしていた。この有力者に負けてしまった歴史を、忘れるのではなく、完全に無視しようとしていた。忘れるためであれば、即刻この屋敷も取り壊し、更地にすればいい。しかし、それさえも人々はしたくなかったのだ。誇りある、プライド高きマーリアルの人々は、その暗黒の数年間に、負けの歴史に、触れることさえしたくなかったのである。

 このマーリアルの暗い歴史は、市民であれば誰でも知っている。元々マーリアル市民ではないアルディは、専門学院の友人にこっそりと教えてもらったことがあった。アルディは、この屋敷の事をシャントに語っていた。

「...とまぁ、酷いもんだったらしいよ。誰もそのおっさんに頭が上がらなかったみたい。そのおっさんに金が集中してるもんだから、一般市民はすごい金欠だったんだってさ。いや、その中でもそのおっさんの娘さんが、酷い世間知らずだったらしくて~」

 話は、有力者の娘の話に差し掛かっていた。シャントは、その話を聞いてる時、否、この屋敷の元に着いてからか、表情を曇らせ、小刻みに震えていた。

「一度、おっさんの講演会で、その娘さんがお披露目になったことあったらしくて、その娘さんがさ、おっさんの話を聞いてた市民が文句を叫んで激昂しだした時に、『パンが無ければケーキを食べればいいじゃない』って本気で言ったらしいよ! どっかの国のお姫様とおんなじ台詞をね。...ん、どうしたシャント......?」

 アルディは、シャントの様子が変な事に気づいた。

「い、いや、その娘さんも、おっさんに箱入りされてたからしゃーないよね、あはははは...」

 彼は、自分が、人の悪口を言っているからシャントが悲しんでいるのか? と思い、なんとかそれを取り繕うとした。しかし、シャントは相変わらず、表情を曇らせ、ガタガタと震えている。アルディは、わけがわからなくなり、だんだんと不安になってきた。だいたいにおいて、シャントはなぜこの屋敷まで自分を連れきたのか。疑問が次々と浮かんでくる。

 シャントはシャントで、何か言いようのない(といっても、元々物言わぬ妖精であるが)不安にかられていた。アルディが、人の悪口を言っている事云々が原因ではない。この屋敷には近づきたくない...! 体が、否、心や、命そのものと言おうか、とにかく、彼女の奥の中の奥まで、この屋敷に近づく事を拒絶している。

 しかし、確かに、この屋敷の中から、自分達を呼ぶ"声"が聞こえたのだ。シャントは、この屋敷の中から何か助けを求める者の存在を感じとっていた。

 彼女の中では、妖精ならではの葛藤が繰り広げられていた。この屋敷に入りたくない不安と、助けを求めるものに応じる正義感。二つがぶつかり、せめぎあっていた。

 しばらくして、彼女は、意を決したか、突然、ヨロヨロと屋敷の正門をくぐっていった。

「あ、おい、ちょっと待てよシャント! ったく、どうしたんだよ~」

 アルディにはもう訳がわからなかった。しかし、シャントに連れられてここまで来たからには、着いていくしかない。

 アルディは、面白くないといった顔で、鉄柵の間の鎖の下をくぐり、屋敷前に広がる雑草の森へと溶け込んでいった。

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