第五章 業 - Magic Recruit

 空艇港は意外なほど小さな土地に建っている。飛空艇の性質上、滑走路を必要としなからであろうか。"巨大な屋敷"を思わせる建物の前には、馬車がいくつも並び、これから旅立つ者、マーリアルに帰ってきた者達でごった返しになっている。

「あ、いた!」

 アルディは、その人ごみの中から少年を見つけ出した。彼は、リストバンドを少年につけさせといて正解だったと、この時初めて思った。そいつのおかげで少年は一際目立っていたためだ。

 彼はあえぎあえぎ少年に駆け寄ると、口を開きかけたアルディより、先に少年が叫んだ。

「お兄ちゃん、コレ変だよ、今度はお空に光伸びてるよ!」

 先に喋られたアルディはがっくりうなだれた頭を上げた。

「おまえ、いきなり走り出すな......ってなんだって?」

 ありったけ文句を言おうとした彼だが、少年の言葉を思い出すと、思わず聞き返した。

「だから!」

 と、少年はリストバンドをしている腕をアルディに突き出した。

「...空に向かってる...」

 光は、港の人々と反対向きの空に伸びていた。

 ラピュータ島の在りかを示してんじゃないか、と冗談を言おうとしたが、今の彼にそんなことを言う体力は残っていない。

「壊れたんじゃないの?」

 少年はあっけらかんと行ったが、アルディはその言葉に過剰に反応をした。

「バカ、めったなこと言うな! そのリストバンドは十スコール、ピンクトルマリンは二スコール! 壊れてたまるか!」

 その圧力に負け、少年は悪態もつけず尻込みした。

「じゃ、じゃぁ魔法が解けっちゃったの?」

 少年は恐る恐る聞いた。

「いや、だったら光ごと消えるしなぁ」

 アルディはしばらく考えていたが、考えてもしかたない、と思い(ここが終点と思いたかったからか)少年に聞いた。

「もしかして、ここでママとはぐれたんじゃないの?」

 少年は首をかしげ、うなっていたが、ポンと思いついたように、左手の平に右手拳をぶつけた。

「そうだ、ここでママとはぐれたんだった!」

 彼は最大級にうなだれた。だったらなんであんな街中まで来て泣いてんだ! と疑問と文句が一気に溢れそうだったが、シャントの顔を見ると、不思議と抑えることができた。

(何か意味がある...か)

 彼は妖精の伝説を信じることにした。そうでもしなければ、怒りを抑えられなかった。

「......とりあえず、空艇港の中に入ってみようよ。きっと中でママが見つかるよ」

「うん!」

 少年の無邪気な笑顔がはじけ飛ぶ。その笑顔を見たアルディは、笑みを浮かべた。もう怒りは消えていた。

 空艇港の中に入ると、中にも人が溢れていた。建物の中は天井がかなり高く、ガラス張りになっている。入り口から左右、奥側には大きく番号が書かれたゲートがある。そこから飛空艇へと乗艇するのだが、ゲートの下の方は人だかりで床がほとんど見えない。これじゃ、子供の一人や二人、はぐれてもしかたないな...とアルディは思った。港内には、あちこちから放送が流れており、迷子のお知らせも極たまに聞こえてきた。

「お兄ちゃん、手痛いって...」

 アルディは、少年の言葉に構わず、少年の手を強く握り締めていた。もう、迷子になられたらたまったもんじゃない、そう思いつつ彼は、この人だかりの中で子を連れる母親の気持ちをなんとなく理解し始めていた。

「とりあえず、係の人に聞いてみよっか」

 三人は一番近い受付を目指して歩を進めた。が、あまりもの人だかりで流されたりなどして、距離のわりに意外に時間がかかった。

 受付に着くと、若くて綺麗なお姉さんが応対してくれた。

「えぇーと、この子、僕の家族じゃないんですが、どうやら空艇港でお母さんとはぐれてしまったみたいで、それで、いつのまにか街まで戻ってしまったみたいで、そこで僕が見つけて、ここまで連れてきたんです」

 受付嬢は首をかしげた。アルディの順序立てのない話にちんぷんかんぷんだったのだ。

 彼には、余計なことまで喋り、話をややこしくする"くせ"があった。しかし、受付嬢は彼が連れている少年が迷子なのだということをかろうじて理解し、彼らに聞いた。

「...はい、その子のお母さんをお捜し、ということでよろしいですか?」

「そうだよ、ママどこにいんのさ!」

 受付嬢がコンマ一秒顔をゆがませたのをアルディは見逃さなかった。

「じゃぁ、ボクの名前と、お母さんの名前教えてくれるかな?」

 状況は理解され、質問の対象は少年に移った。伊達に受付をやっていないことが見て取れる素早い切り替わり。受付って大変そうだよな、とアルディは思った。

「ラント! ママはグィーネだよ!」

 受付嬢は再びコンマ一秒顔をゆがませた。この人も子供苦手なのか? とアルディは思い、思わず吹き出しそうになったのをかろうじて止めた。

「うん、ラントくんだね。それじゃぁラントくん、セカンドネームも教えてもらえるかな?」

「ディ・バレンシア! 太陽が昇るようにって意味だよ!」

 そこまで聞いてない。

 しかし、いい名前だなとアルディは思った。ちなみに"ラント"はこの国の言葉で、"前向きに"という意味だ。セカンドネームは外国の言葉で、ファーストネームはこの国の言葉と考えると、この子の両親は国際結婚だったのだろうか。

 それにしても、今更になってこの少年の名前を知ったな、と彼は思った。道中でも結局自己紹介をするのをすっかり忘れていたのだ。

「ちょっと待っててね」

 受付嬢はそう言うと、アルディに目配せをし、奥へ引っ込んだ。

 受付嬢を待っている間は、三人とも無言のままだった。見る物と言えば、周りの人だかりくらいか。本来ならば、港内の様々なオブジェクトに目をやりたいところだが、それもままならない。

 それにしてもすごい人の数だ。アルディはラントの手を握る手に意識をやった。とにかく、こいつからは絶対に目を離さない、そう思ったからか。

 彼は、うるさいからとそれだけで子供を叱っている家族の親を思い出した。見ている時は、なんでそんなに叱るのか、と思っていたのだが、こと子供と一緒にいるとそういう親の想いが少しわかってきたのだ。

 シャントはラントの頭の上に乗っかっていた。シャントが頭の上に乗っかっているからなのかわからないが、ラントは落ち着いている。その、シャントがラントの頭に乗っかっているのを、アルディはじーっと見てしまっていた。

「お客様、お待たせいたしました。グィーネ・ディ・バレンシア様なのですが...」

 受付嬢は、言いずらそうにしていた。アルディは、なんとなくだがラントに言いづらいことなのだろうかと察し、彼が聞く姿勢をとると受付嬢は、彼に耳打ちするように話した。

「ラント様のご両親なのですが、昼の便で発たれていまして...」

「は?」

 彼は唖然として、節操もなくすっとんきょうな声をあげた。

「十一時十分発の国外線にご搭乗されてまして、先ほど、艇内より確認がとれました」

「...まじかよ」

 アルディは小声で呟いた。彼は薄々感づいていたが、まさか本当にもう飛空艇に乗ってしまっているとは思いもよらなかった。だから光の筋は空へと伸びていたのだ。

 魔術は、計算による結果を出すものではない。術者が望む結果に最もたどり着きやすい道筋を示してくれるのが魔術なのだ。今回の場合は、ラントのママのいる位置を一直線に示せば、光は最初から空へと伸びていただろう。しかし、それでは、状況がまるでわからない。わかったとしても、対処が難しい。ゆえにまずは空艇港へと光は走ったのだ。

「で、でも、搭乗者が足りなかったら飛ぶ前に確認するんじゃないんですか?」

 旅客艇の運行は、基本的には遅らせることはできない。だが、搭乗予定者が時間までにゲートに来なければ、アナウンスぐらいはかかるはずだ。アルディは、今まで飛空艇を使ってきた経験則からそう言った。

 しかし、受付嬢は半ば困った様子で、少々お待ち下さいと言い、再び奥へ引っ込んでしまった。

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