第五章 業 - Magic Recruit
「そうだ、俺......」
と言いかけ、アルディは口をつぐんだ。少年はきょとんとした。
彼は魔法で少年の親を見つけてやろうと思った。しかし、彼の口を止める事情があった。
人捜しの魔術自体はそんなに難しいものではない。しかし、即座に見つけるには、ピンクトルマリンが必要不可欠なのだ。宝石は本来、非常にゆったりと効果を発揮するものである。しかし、魔術で使用すると、その力を一気に引き出すことになる。ゆえにたいていは、一回の魔術につき一回しか使うことができない。
普段の彼なら、すぐ様この子を助けるため、魔術を使っただろう。だが、そのピンクトルマリンは、今日の魔術試験で必要なものなのだ。二スコールなんて大金、今月はもう出せっこない。
彼は迷った。実際には数秒の時間だったかもしれない。しかし、彼にとっては何時間にも感じた。
彼の頭は真っ白になった。どうしようか、どうしようか......。
学校の先生に起こられて何も言えなくなった、そんな感覚だ。
「なんだよ、なんだよ? どうしたんだよ!」
少年の声に、我に返るアルディ。
「えぇ~っと...」
頭は回転しだしたが、迷いは消えない。そうだ、普通に捜したって見つかるかもしれない。警備隊に預ければいいんだ...。
そんな考えがまとまりそうになった時、ふと、シャントがこちらをじっと見ているのが視界に入った。何かを訴えるような眼差し。そもそも、なぜシャントがここに導いたのか。この少年に会わせたのか。
妖精にはあらゆる言い伝えがある。おとぎ話の中だけのこと、実際にあった出来事。魔術においても、重要な意味を持つ妖精の事は学校でも少しだけだが勉強した。
その言い伝えの中でこういうものがある。
"妖精の行動には、神の意志が備わっている"
そこに思い至った時、彼は意を決した。
「いやそれがさ、俺、魔法使いなんだよ」
怪訝な顔をしていた少年の表情がパッと変わる。やっと喋ったか、というあきれ顔からすぐに、驚きと、好機の顔に移った。
「えー、本当? 見せて、見せて!」
少年の顔は輝いた。やる気が出たのをみるや、彼は、やっぱやめようかな、なんて一瞬思ったが、一度言ったことは曲げないのが彼の信条だった。
「じゃぁ、君のお母さんを見つける魔法をやるな」
少年の顔はさらに輝いた。
「え、ほんとに、ほんとに? 早く、早く!」
わかった、わかったと言いながら、彼はチョークと分厚い本をカバンから取り出し、本を見ながら床に魔法円を描きだした。
少年は興味津々にアルディの手つきを見ている。
彼は続けて、金色の糸を取り出し、魔法円の真ん中に描いた三角形に沿って引いた。
三角形には、ゆるぎない信念、切ること、欠けることのないつながりを表す、という意味がある。三角形は、辺の長さが決まっていれば、図形的に角度を変えることができない。その様が、欠けることのないという意義につながっている。
人の縁は、たとえ一時は離れていても、決して切れることはない。人捜し、縁結びの魔術に三角形が多く使われるのはこのためである。
「よし、なんか、君のママがよく触ってる物とか、ママがくれたものとかない?」
「え、なんで?」
少年に聞き返されたアルディは、フィーリングで説明することにした。細かい、理論とか技術の話をしても、子供は理解できないと思ったからだ。
「君と、ママをつなげるのは思い出だからだよ」
我ながら、くさい上にわけがわからないと、アルディは思った。言ってしまったことを、軽く後悔してしまった。
少年は、首を思い切りかしげたが、魔法への好奇心か、素直に何かないか探し始めた。ゴソゴソとポケットをまさぐり、探したが、うーんと、うなり、そのまま自らの手をさっと差し出した。
「? なんもないのか?」
彼は少々がっかりした顔をした。何も物が無ければ、魔術の成功率はガクンと落ちる。
「ちがうよ、僕の手!」
「...! お、その手があったか!」
二人は、偶然のおやじギャグにゲラゲラと笑った。
少年は、ママといっつも手を握っている、と思い立ったのだ。なんと機転の利いたことか、アルディは感心した。
否、機転というわけではない。子供というのは素直なだけなのだ。また、直感というあいまいなものでもないのだ。
彼は少年の差し出した手をぎゅっと握り、魔法円の中へと導いた。シャントもそれに合わせて、魔法円の頭上あたりのところをヒョコヒョコと飛びだした。
アルディはしゃがみ込み、ピンクトルマリンを魔法円の中心に置いた。
「さて、それじゃぁ、君はママの事を思い浮かべるんだぞ、いいな?」
「うん!」
少年はすっかりアルディの言うことを聞くようになっていた。シャントはその様子を見て、嬉しそうに微笑んだ、ような気がした。
彼は気合いを高まらせた。魔力が体中に満ちていくのを感じる。何かが、背骨を通して、足先から、頭のてっぺんをへ抜けるように昇っていくのを感じ、うなじを突き抜けた瞬間に彼は口を開いた。
「我は告ぐ! 彼の求めし悠久よ、世乱れるも、かくの如き有るものよ、この七散せしとも切れぬものよ、今こそ、無なりと非ず、有なりと非ず、その世の核を現したたまえ!」
詠唱が終わると、水を打ったように、あたりは静まり返った。風もない。まるで、周りの風景が灰色に染まっていくような感覚。少年が、ん? と首をかしげ、何か言おうと口を開けた瞬間――