第五章 業 - Magic Recruit

 二十数年手入れされていない庭園はすっかり、背の高い雑草に支配されていた。アルディの背は国内の男性の平均身長より少し低いくらいであるが、その彼の胸の辺りまで草は伸びている。彼は、草を掻き分けながら、シャントに着いていった。その草を掻き分ける手は妙に手馴れていた。

 というのも、専門学院時代から、魔術の素材を集めるために森に繰り出していたからか、こういった道なき道を行くのには抵抗がなかった。虫が体にへばりつくのも、多少であれば、気にならない。とまぁ、幼少の頃から"インドア派"であった彼は、学院入学当初はそれはそれはいやいや森に行っていたのだが、タダで素材を手に入れられる事に背に腹は換えられぬと我慢して森に入るうちに、慣れっこになってしまったのだ。

 草むらの中に入ってくうちに、急に草が開かれたところに出てきた。その開かれた空間の中心に屋敷がある。周りがすっかり雑草に覆われている中、不思議にも、屋敷の周り何百メートルかは、雑草は生えていなく、綺麗な芝生(といっても、枯れ切っているのだが)で全面覆われていた。おそらく、屋敷の周りだけは、厳重に雑草が生えないように、まじないでもかけていたのだろう。土地の大半は、雑草が生い茂り、対して、屋敷の周りだけは雑草が生えていないのは妙な光景であった。まるで、その屋敷とその屋敷の周りだけが、二十数年の時の流れから取り残されたような、そんな感覚に襲われる。

 アルディは、妙な感覚に襲われたが、何より、その屋敷の美しさに目を奪われた。

「すごい...。遠めには見たことあったけど、近くで見ると綺麗だなぁ」

 屋敷そのものは、二十数年の時を思わせない、綺麗な佇まいでそこにあった。その佇まいが、よりいっそう時を止めたような不思議な感覚を助ける。

 シャントは、一瞬躊躇したが、ヨロヨロと屋敷の中へと姿を消していった。

「お、おぉ、おい、シャント、待てよ!」

 完全に不意を突かれたアルディは、急いでシャントを追いかけ屋敷の中に入っていった。

 屋敷内はかなり薄暗かった。割れた窓ガラスからは、昼の日差しが差し込んでいたが、それでも暗い。入った当初は、目がなれていなく、よく見えなかったが、目が慣れて、内装が見えてくると、その豪華絢爛さに、驚きを隠せなくなった。

「すっげぇ...」

 アルディは感嘆の声を漏らした。すごいの一言しか出ない。屋敷に入ると、真正面には大きな階段。天井には大きくシャンデリア、階段の手すりの最初にある銅像は、ガーゴイルであろうか、かなり細かい装飾が施されている。脇にある柱はいずれも極太である。王宮の写真を見ても、ここまで立派なものではなかったと、アルディは思った。

「って、シャントはどこにいった? ......ん?」

 彼は首を回してシャントを探したが、ほどなくして、見つかった。正面階段の踊り場にある、大きな絵の前にいたのだ。この薄暗い中では、彼女の光はよく目立つ。

 彼は、シャントの元へ向かった。

 目の前の絵はかなり大きい。肖像画である。中年の男女と、若い女性...。この屋敷に住んでいた、有力者と、その妻と娘であろうか。

「あの、有名な有力者と、その家族...かな」

 彼はシャントに話しかけるように言った。だが、彼女の反応は、薄かった。否、絵をじっと見て小刻みに震えている。なんだろうか、この絵を知っているとでもいうのか。

 アルディは、今日のシャントの行動が不可解でならなかった。屋敷に自ら連れてきたと思いきや、入るのを躊躇し、挙句の果てに、この絵の前で、妙な状態になっている。

 彼にはもう、どうしたらいいかわからなくなっていた。

 と、しばらくして、階段下の柱の方から声が聞こえてきた。

「うっ、うっ...ひっく」

 アルディの体は一瞬、驚きのあまりこわばった。誰か泣いてる?

 しかし、人の姿は見えない。彼は背筋に悪寒を覚えた。彼は、これが噂に聞く、屋敷のゴーストか? と疑った。

 この屋敷内には夜な夜な、無念に死んでいった、有力者とその家族のゴーストが出ると、もっぱらの噂だった。アルディは、ゴーストとかポルターガイストなどの心霊系の話が大の苦手である。学校の友達がよくそういった雑誌を読んでいたが、彼は絶対に目を向けなかった。

(ひー、やめてくれぇ~...)

 当然ながら、その先に行く気になどはとてもなれない。この屋敷内の空気は妙にジメジメとしていて、薄暗い。そんな状況が不気味さを助けていた。

 しかし、そんな恐怖にかられるアルディをよそに、シャントは階段の下の方へ飛んでいった。

「だ、ちょっと待てシャント! 一人で行くな!」

 彼は怖さの頂点に達していたが、一人になるのはもっとごめんだと、彼女の後に付いていった。

 階段を足早に、かつ慎重に一段一段降りていくアルディ。彼にはその階段がやたらと長く感じた。まるで恐怖の十三階段のようだ。実際には、十段だったのだが。

 一段降りるごとに泣き声は大きくなる。心の中で、恐怖を打ち消す呪文のようなものを唱えていた。

 ついに、階段を降りきり、柱の裏側に着いてしまった。泣き声はすぐそばで聞こえる。シャントは柱の脇にいる。

「お、おいぃ、もう、なんで先に行っちゃうんだよぉ...」

 ご主人は形無しだ。

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