第三話 下手な嘘 - FINAL FANTASY DARK CRYSTAL
森の中にぽっかり空いたその空間からは、満点の星きらめく夜空が伺えた。そして幻光虫。秘境ミルラの泉と出会うのは非常に稀である。であるからして、古今東西あらゆる冒険家は伝説のそれを追い求める。
カールはその秘境で、出会うはずがない者と出会った。
ミルラの泉から、カールは女性を抱き上げた。年は、十七、八くらいであろうか。華奢な体だが、出るとこは出ている、なかなかのスタイルである。カールは厭らしい気持ちを振り払うように大木の上を見遣った。そこには、一艇の小型船艇が木々のクッションにもたげかかっているのが見えた。船は痛々しくも焼けただれ、敵から受けた真新しい傷口からブスブスと煙を吐いている。敵に墜落されたのは火を見るより、否、煙を見るより明らかであった。
カールは、女の子を抱き上げたまま、くぼみから出、大木の下まで降り、荒々しくうねる大木の根に、女の子を寝かせた。
サッと呼吸と心拍を確認するカール。ひとまず生きているようだ。怪我も無いようでかすり傷程度のようだ。
『空艇で撃墜されこの程度で済んだ上、この気温の中、水に胸までつかってしばらく経つだろうに、運のいい子だな。』
カールは、心底思った。落ちた場所が、ミルラの泉だったからこそ、この女の子は助かったのだ、と。今より傷も深かったかもしれないが、ミルラの泉によって回復した可能性もある。普通の水の中に落ちたのなら、もしかしたら、今頃冷たくなっていたかもしれない。
何をどうして、小型船艇を駆り、墜落されたのか、それは本人に聞いてみないと解せぬことであったが、いかんせん、本人は眠り姫となっている。
はて、どうしたものか。
「ほっとくってのも、一つ手だけどな...。」
しかし、ここまできたからには、引き下がるのはいかにも中途半端である。ここで引き下がるなら、見つけた時点で引き下がればいい。ましてや、男の信条として、かわいい女の子をほっとくわけにもいかず、カールはひとまずキャンプ場まで抱き運ぶことに決めた。バルドスからやんやと言われるのは目に見えているが、そんなことはどうでもいい、と彼は腹をくくった。
ガサ...
カールは、そのかすかな音に敏感に反応した。風の音として聞き流せるほどの微量な音。だがカールは聞き逃さず、とっさに構えをとった。彼の鍛え抜かれた感覚は、その音が人間の足音であると訴えた。
カールはさらに感覚を研ぎ澄ました。一、二...五、否八人はいる。広場の円周上に完全に囲まれている。何が目的か、また何者なのか見当もつかない者共だが、友好的ではないことは確かである。彼は、意を決して、その得体の知れない者共に対して、大胆な行動に出た。
「ふん、隠れてないでさっさと出てこいよ、この女に用があんだろ?」
「!」
囲んでいる者達は小声で口々に連絡しだした。
「バズスエルデ、ぐルミス...」
「ジスバ、るデエンデ...」
小声でよく聞き取れないが、あまりよく使われない言語のようだ。
『ウィンダス語...?』
カールはその言語に聞き覚えがあった。
ほどなくして、声の主らが茂みから出てきた。カールの予想通り、その数は八人であった。全員毛むくじゃらのアルエルタ族で、鎧を着、広刃の剣を下げた戦士、ローブを纏い、杖を携えた魔導師など、どうあがいても一般市民ではない。話の通じるような相手ではないのは明白である。お上の命で動く国営騎士団であろう。
両者は、何十秒かだろうか無言の睨み合いが続いた。
「ゴキゲンヨウ、旅ノ方。アナタノ言ウ通リデスヨ。」
騎士団の中でも一番高級そうな制服をきたものが、えらくカタコトのサンドリア語で話してきた。
「ソコニ気持チヨサソウニシテイル女二用ガアッテネ。」
カールはちらっと、女の子を見やった。その顔は少々青ざめている。さしものミルラの泉といえど、体は冷え切っていたのであろう。お世辞にも気持ちよさそうには見えない。
向き直ったカールに、ウィンダス兵はなお言葉を続けた。
「オトナシクソコヲドケテクレレバ、何モシナイヨ旅ノ方。」
「何もしない、ねぇ...。」
カールは皮肉って言葉を返した。
この状況でおとなしくしていれば何もしない、とはいささか信じがたい。
ましてや、カールにおとなしく下がろうなどという気は、毛ほどもなかった。
「まず一点、俺は旅人じゃない。そして、ここをどく気はない。」
ウィンダス高級兵はローブの中で目を細めた。
「ホウ...。ナンデカナ、アナタノ知リ合イナノカナ?ソノ女ハ。」
腹の探り合いか。両者は一歩も引く気がないようだ。
「だとしたら?」
「ナオノコト、退イタトシテモ、光ノチリ二シテクレヨウ。」
カールはこうなることは最初からわかっていた。
この物々しい連中が"おとなしく"引き下がるわけがない。両者一歩も引く気がないのであれば、それは、戦うしかない。
ウィンダス兵達は各々の武器を構えた。
カールは、駆け出した。ウィンダス兵魔導師は、魔法の詠唱を始める。
ヒュッ!
トン! カコッ!
「!?」
と、カールは走りながら、小石を拾い、ウィンダス兵の一人に投げつけた。石は、ウィンダス兵に当たった後、近くにあった木、その近くのもう一人の兵士に反射して当たった。
兵士二人は、戦闘中に奇妙な行動をする敵に、一瞬戸惑うが、すぐに気を取りなおし、カールへと向きなおる。が、そこにすでにカールの姿はなく...。
ズバッ! バキィ! ズバン!!
次の瞬間、兵士二人は、体が切り裂かれ、倒れ伏した。周りで見ていた兵士たちも、何が起こったか判別がつかなかった。
カールは、先ほどの二人目の兵士の近くにいた。広場から駆け出し、石を投げつけたあといつのまにそこに着いたというのか。
他の兵士は、動揺を隠せなかったが、カールの姿を認めるや否や、各々の攻撃を一斉に浴びせにかかる。
しかし、カールは、目の前の敵から、効率よく斬り伏せていく。見惚れるほど華麗なその姿は、まるで舞でも踊っているような様相であった。
高級兵士は、攻撃を繰り出しようにも、手が出せず、兵士たちは次々と倒れていった。
ほどなくして、ついには味方は全て倒れ、高級兵士一人となってしまった。
得体の知れないこの青年に恐れをなし、高級兵士は後ずさりする。
「ひぃっ...!」
カールは返り血で汚れた顔を、高級兵士に向けた。その目は穏やかであった。この惨状の中、鬼の形相をすべき者が、平静な顔をしている。このギャップが、高級兵士の恐怖をより募らせた。高級兵士は、いてもたってもいられなく、その場から逃げ出した。
「!?」
しかし、走り出したその先に、カールがいた。さっきまで、死体の山の近くにいたというのに、五メートルほどの距離を、一瞬で先回りしたのだ。到底足が速いとかそういうレベルではない。高級兵士は、視界の端に、一番最初に倒された兵士の近くにある木を見た。幹には、いつの間についたのか、刃物でえぐられたような跡があった。それを見やった高級兵士は、悟ったように言った。
「ソ、ソウカ、ワカッタゾ、聞イタ事ガアル。」
高級兵は、カールを見上げ、続けた。
「ストリームソルジャー。事象二残ルストリーム二沿ッテ高速移動ヲスル事ガ出来ル、光速ノ戦士...。マサカ貴様ガ...!? シカシ、ソノ技ヲ使エルノハカノ暁ノ...。」
ズバッ!!!!
高級兵士がそこまで言うや否や、カールは無情にも高級兵士の喉元を掻っ切った。
「...俺が何者か、か。そんなもの俺が一番知りたいね...。」
カールは、死体の山の中でもの寂しそうに言った。
兵士達から放たれた幻光虫は、ミルラの泉へと、吸い込まれるように飛んでいく。
カールは、体に降りかかった血を出来るだけ拭い、女の子を抱き上げ、その場を後にした。