第三話 下手な嘘 - FINAL FANTASY DARK CRYSTAL

「!?」

 ウィーネは上半身をガバッと持ち上げ、息を荒くしていた。いつも見る夢...。物心つき始めたころに体験した、忌々しい記憶...。

 ウィンダス国内で行われた、ヒュームの大量虐殺。時のウィンダス五公の一人、アスクルの過剰なアルエルタ族選民主義によって引き起こった悲劇である。ウィーネの家族も、その犠牲者の一つであった。

 当時四歳であったウィーネには、到底受け止められることのできなかった出来事...。十九になった今でも、時折こうしてその場面の夢を見る。

 ウィーネは幾十秒か、顔に手を当て何事も考えることができなかった。

「大丈夫か?ずいぶんとうなされてたぜ」

 その問いに、ウィーネは我に返った。話しかけてきた人物を見、そして自身を取り囲む環境を改めて認識した。

「あなたは...?ここは...?」

 どうやら、チョコボ車の荷台のようだ。話しかけてきたのはノースリーブの青年である。まずまずの美形の顔だ。青年はぶっきらぼうにそっぽを向いて答えた。

「ここは、ガンズルム郊外から続く森。まぁ、もう少しでサンドリアに着くけどな」

 数瞬時が経ち、怪訝な顔をするウィーネに、青年は続けた。

「して、名前は自分から名乗るもんじゃねーの? ママから教えてもらわなかったのかい?」

 ウィーネは事を理解し、非礼に詫びの気持ちが湧いたと共に、自身の置かれている状況を思い出す。自身が負っている任務のこと、一般人に簡単に名乗ることはできないことを。

「わ、私は...」

 慌て、言葉を返そうとしたウィーネの言に被せるように、太い声が響いた。

「カール、ノーランドゥ ノスコビッチ サーヴィアル エル ギアル!」

 声の主は、大柄の男で、顔にたっぷりと髭を蓄えている。青年は、がなり答えた。

「バルドス、シャッタンドゥ!」

『サンドリア語...。そうかこの人たちサンドリアに帰るところなのかな...』

 二人の会話は、サンドリア語であった。ウィーネはそこまで思案し、違和感を覚えた。最初青年が話しかけてきた時はすぐに言葉を理解できた。ウィーネは"仕事柄"他国に行くため、主要四カ国語はある程度理解できるが、高等学院時代から暮らしてる場所はガンズルムであり、サンドリアにはあまり馴染みが無いため少し苦手としていた。今の二人の会話もなんとなくでしか意味はわからなかった。大柄の男は、「女の子に手荒な聞き方をするな」、青年は「黙れ!」と言ったのだろう。そこまで考えを巡らし、先ほどの違和感が氷解した。青年が、自分にガンズルム語で話しかけてくれていた事を。そうなると、バイリンガルなこの青年は何者なのだろうか。いでたちから察するに、傭兵のようであるが。そしてなぜ、自身がガンズルム人であることを解したのだろうか...。

「あー、まぁ、からかって悪かったよ、俺はカール、カール・メルゲイツ。この髭のサンタさんはバルドスってんだ」

「ダビ、ブラデンダ ヨウ!」

 バルドスは、カールが悪口を言っているのに気づいたか、がなった。そのやりとりに、緊張と警戒でガチガチだった、ウィーネの心は少しほぐれた。

「君は?」

「私は...」

 ウィーネは、自身の組織のマニュアルの一つ、"緊急作戦外及び任務非順行時における行動規則"を必死に思い出していた。その中に、"作戦帰着時に、当作戦に弊害が生じないものと判断できる場合のみ、自身の名前を明かしてもよい"とある。この者たちはただものではないようだが(特にバイリンガルの青年には隙がないように思われた)、見たところ、ウィンダスに関係する人物ではないようだ。ウィーネは、名前だけ隠して警戒されれば、任務帰着が逆に困難になると判断し、意を決した。

「ウィーネ、ウィーネ・ヴァンペット でス」

「お、かわいい名前じゃねーか!」

 サンドリア語で答えるウィーネに、バルドスは口笛を鳴らし、大げさに称賛した。

「無理して、こいつに合わせることないぜ、ウィーネ。言葉を話すこと自体怪しい原人みたいなやつだからさ」

「おい、カール、まーた俺の悪口言ってんだろが、ガンズルム語でもわかんだよ!!!」

 場は和やかな雰囲気となった。ウィーネも思わずくすくすと笑ってしまった。

「俺たちは、みたまんま傭兵でね。ここらガンズルムとサンドリアの国境付近を縄張りとしてんのよ」

 国境付近とは、商売上最も有益であるが、危険もその分多い。特に、ガンズルムとサンドリアの国境付近は、血の気の多い盗賊やモンスターがはびこり、傭兵を求める商人は年々増えていた。

「カールとは腐れ縁でな、何かと仕事が重なるだよなぁ」

「おまえが、縄張りを変えればその汚い面拝まなくてすむんだけどな」

 バルドスの感慨深い言に、カールは不満をぶつける。バルドスは何をぉ、などとうなる。

 ウィーネは再びくすくすと笑った。

「...で、なんで、小型船艇に乗って、撃墜されたんだ?」

 カールはにやけながらその質問を放った。その言葉に一瞬前の和やかな雰囲気は消え失せ、場は凍りついた。正確には、カールのいきなりの本質をついた質問にウィーネは、虚を突かれた表情を隠しきれなかったからだ。気まずい空気が流れる。

「俺は、君をミルラの泉で見つけたんだけどよ、運がいいもんだ。撃墜されて生きてるだけなく、泉の聖水で命も守られたんだからな」

 ウィーネはみるみる顔を曇らせた。カールは構わず続ける。

「そしたら、魔法の国から兵隊さんがやってきてよ。あ・そび・に・き・たよ、ってな」

「おい、カール、そこまでにしとけ、病み上がりの女子に聞くことじゃぁねぇよ」

 気まずい雰囲気に耐えかねたか、バルドスが止めに入った。カールは「そおか?事実確認は大事だろ」などと軽口を叩いた。

 ウィーネはうつむき、冷や汗を一筋流したが、数秒の間を起き、冷静さを復活させ応えた。

「ガンズルムに...、亡命するところだったんです」

 ウィーネは、うつむき、悲しい色を浮かべて言った。言うまでもなく半分ほどは演技であるが、亡命と言うのはまんざら嘘でも無い。事実、ウィーネは過去に、ウィンダスからガンズルムに亡命を果たしている。しかし、自身が何者で、何故魔法の国に追われているのか、その真実だけは断固として知られるわけにはいかない。

「ふーん、亡命ね...」

 カールは腕組み、舐めた態度で続けた。

「あの、イカれ秘密主義者たちから、本気で逃げ切れると思ったのか?亡命する方が命がないように思えるね。だいたい、ガンズルム製の空挺をどうやって手に入れたってんだい?」

 ウィーネは、警戒せざるをえなかった。この青年はかなり鋭いところまで迫っている。やはり只者ではないようだ。

「そ、それは、ガンズルムに親戚がいるから...もう、やめてください。ここまで来るのにお母さんが捕まって...、う...」

 ウィーネは、渾身の演技でこの話題をそらす空気を作ろうと務めた。

「お、おいおい、泣くなよ...。カール、謝れ!」

 バルドスは、その演技を信用してるようであった。

「へ、聞きたいこと聞いたまでだよ。まぁいいや、そういうことにしといてやるよ」

 ウィーネは焦りから、この男のデリカシーのなさにイラつきの方が強くなっていった。しかし、ここで冷静さを失ったらいけない、自身の目的は、ロジアンヌ島で得た物を、ガンズルムへと持ち帰ることだ。ここで無用な諍いを起こしている場合じゃない、と自身に言い聞かせた。

「まぁ、こいつはこんなやつだが、根はいいやつなんだよ、まぁ、そのなんだ、悪く思うなよ...」

「悪ぃが、根も全部こんなやつだよ」

 バルドスは必死にフォローに入るが、カールが速攻で打ち壊した。

「おい、おまえ、いい加減にしろっての!」

 バルドスは掴みかからん勢いで怒声を放った。

 カールは、フン、と鼻でそっぽを向いたあとは、目を瞑り、黙り込んだ。

 ウィーネは、イラつきもし、心底肝を冷やしていた。この男は鋭く、デリカシーもなく、口も悪い。イケメンだが、性格上は褒めるところがまるで無いとさえ感じた。

 場の空気は最悪となった。だが、誰も口を出せなくなっていた。ましてや、ウィーネはいつ尻尾をつかまれるかわからなく、喋る術を完全に失っていた。

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