第五章 業 - Magic Recruit

 柱の裏側に何かいる...。アルディは、ありったけの勇気でその何かを見た。

「......」

 その何かと目が合った。

「...なんだ、子供か」

 彼は思い切りあきれ顔をした。さっきまでの怖じ気顔は見る影もない。

 そう、子供だ。柱の陰にすっぽりと隠れるくらいの小さな男の子だ。年は四~五歳くらいだろうか。彼は怖がって損したなど心の中でグチをいいだけ吐いた。

「...おう、ボンズ、どうした? なんでわざわざこんなところで泣いてんのさ? お母さんは?」

 彼は一番気になることを直球で聞いた。

「うぅ......、びえぇーーー!!」

「おわー! わかった、ごめんごめん!」

 泣いている子供にいきなりこんな質問、うまくいくはずがない。

 アルディは小さい子供が大の苦手であった。どう接して良いか皆目検討がつかないからだ。今日は彼の苦手なことがよく起こる日のようだ。

「うえぇ~~ん!!」

「もー、どうしたってんだよ! ほらお兄さんに話してごらんよ!」

 彼の声に怒気がこもる。そんな気に、子どもの涙に拍車がかかる。アルディはお手上げになってすっかり困り果ててしまった。

 と、シャントが男の子の前をクルクル回り出した。羽からブーンという音が鳴っている。

「な、何してんだ? シャント」

 アルディはポカンと口を開けてその様子を見た。

 今まで、シャントが飛んでいる時にこんな音は鳴ったことがなかった。

 男の子はシャントに気づき、その様子を見た途端に泣くのをやめた。

「あ、妖精だ!」

 男の子は思いっ切りシャントを指さして叫んだ。

(さっきからいたじゃん)

 すかさず心の中でツッコむアルディ。

「...で、君、どうしたの? こんなところで」

 彼は、ありったけのイライラを押さえてなんとか丁寧に聞いた。

「あんだよ、おじさん、んなもん僕の勝手だろ」

「ちょっと待てゴラ、俺はまだ二十歳だ!!」

 子供の悪態に我を忘れるアルディ。少年はカラカラと笑っている。何が原因かわからないが、少年はいつの間にか元気になっていた。先ほどの涙はどこに行ったというのか。

 シャントは、少年の周りをクルクルと飛んだ。まるで、質問の回答を優しく促すお姉さんののようだ。

「しかたないなー、妖精さんにだけ教えちゃるよ」

(なんだよ、結局俺にも言いたいんじゃないの?)

 もう、ツッコむのも疲れたアルディは、とりあえず少年の言葉に耳を傾けた。

「ママとはぐれた。おしまい」

「......」

「..............................」

 寒々しい沈黙が場を支配した。それで? とか、なんだそんなことかとか、そんな言葉さえも凍り付いてしまった。 しかし、沈黙に耐えかね、なんとかアルディが口を開いた。

「...いやその、それだけ? 他にないの?」

「それだけだよ! てーか、おまえに話してねーよ!」

 少年は憤激して、アルディに食ってかかった。

 シャントがなだめるように少年の周りをクルクル回った。少年は、シャントがそうすると、不思議と落ち着きを取り戻す。よっぽど妖精のことが好きなのか。

「いやさ、だったらこんなとこで泣いてないで、表で誰かに助けてもらえばいいじゃないか」

 アルディは、少しずつ冷静に話せるようになってきたが、

「泣いてなんかねーよ! バカじゃねーの?」

(もう、イヤだ......)

 少年の方はまだあまり冷静になれていない。アルディの方こそ、泣きそうになってきた。

「この屋敷は、ママの今回の仕事場なんだよ! ママは"れーばいし"で、この屋敷を買いたいって人から依頼受けてんの。だから、ここにママがいると思ったの!」

 "れーばいし"という言葉にアルディはギョっとしたが、同時に、ずいぶんと難しい話を覚えているな、とこの少年に感心した。しかし、話は見えるようで見えない。ひとまず、この屋敷に"ママ"がいるかもしれない、と少年は思ってここに来たらしい。

「だけど、誰もいなくて、怖いし......う、うえぇ~~~んっ!」

「あぁ~、もうわかった、わかった...」

 またいきなり少年は泣き出した。すっかり困り果ててしまったアルディだが、こんな子供らしい子供、ようは感情豊かな子供も今時珍しい、と思った。最近の子供といえば、妙に落ち着いてて、賢そうなフリして、理論的で...。子供は苦手な彼だが、特に最近の子供は嫌いであった。

 それを思うと、彼は急に目の前の少年がほほえましく思えてならなくなった。

「えぇ~っと、いつ、どこではぐれたの?」

 少年は、泣きながら口を開いた。

「うっ、わかんないよ、お昼食べた後だっけ...うぅ」

 彼は、あれ、さっきより素直になった。なんでだ? と思ったが、その疑問はすぐ流れて消えていった。

「うーん、じゃぁ、はぐれる前...、出かける前はどうだったの?」

 アルディに不思議と真剣さが宿ってきた。なんとかこの子を助けてあげたい、という心が彼の口を動かしていた。

「えぇっと、なんか今日はお引っ越しだって言ってたよ。お引っ越しって初めてだからよくわかんないや」

「お引っ越しかぁ」

 ようやっとアルディにも話が見えてきた。どうやら少年の家族は今日、"お引っ越し"をするようだ。なるほど、普通にでかけるよりははぐれやすい状況かもしれない。無論、だからこそ、子どもが離れないよう警戒するものだが。

 しかし、何かトラブルがあったのだろう。この子の親が、親自体のいいかげんな行動が原因で子どもを離すとはどうにも考えられない。

 アルディは妙に、この子の親は、無骨な親ではないという確信があった。なぜなら、こんな元気な少年の親である。よほど本当の意味で大事にされていると思ったからだ。ゆえに、いいかげんな事にはならない、と思ったのだ。

 最近は、子どもを、親のわがままで叱るといった場面をよく見かける。そんなしかりを受ける子どもの暗い影をみてきたからこそ、そう感じるのであった。

「なるほどなるほど、楽しいお引っ越しが台無しだね、今日は」

 彼は笑いを含めて言った。

「ほんとだよ、全く!! どうしてくれんだよ、お兄ちゃんのせいだぞ!」

「おいおい、そりゃないよ」

 二人は大声で笑った。シャントはその様子を見て、にっこり笑ったような顔をして、二人の周りをクルクル回った。

 それにしても、彼の先ほどまでのイラつきはどこに消えたというのか。彼はすでに、少年の悪態にも閉口しなくなっていた。何が変わったかと言えば、たった一瞬の心の動きが変わっただけである。数分前の彼と今の彼では、まるで別人のようであった。なんとかこの少年を助けたいという心で満ちていた。

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