第四章 母 - Magic Recruit

 翌朝、ボロアパートの一室からは、ウィーンと、モーターの音が鳴り響いていた。お母さんがなにやら、取っ手のついたホースのような物をせかせか動かしている。ホースの両端には、片方は横に細長いバクの口のような形のもの、もう片方には、でーんと丸い壷のようなものが付いている。

 "クリーナー"と呼ばれる、"蓄魔力"という、魔力を溜め込んだ宝石から出る魔導エネルギーで動く掃除用品だ。最近、錬金術で発明されたものだ。取っ手のスイッチを押すと、バクの口から、ホコリを吸い取るという、かなり便利なものだ。また、使用者の魔力を使わないため、魔法の知識や使用法の知らない人間でも使える。主婦層に大人気の一品だ。

 お母さんは部屋の掃除を続きをしていたのだ。アルディの姿は見えない。なんでも、森へ、朝にしかならない木の実があるので、それを採りにいったんだそうな。

 お母さんは鼻歌まじりにクリーナーをかけている。シャントは、その様子ををビンから顔だけ出してじっと見ていた。シャントは妖精なりに、色々と思いをめぐらしていた。

 お母さんは、アルディのやっていることを認めていない。そこだけは感じ取っていた。言葉の意味はわからなくとも、オーラや雰囲気には敏感な妖精ゆえの業といおうか。

 その事を考えるとシャントはしおれてしまった。目元もなんとなくしゅんとなってしまう。どうすればお母さんも応援してくれるようになるだろう...。そんなような事を妖精なりに考えていた彼女の頭に何かが浮かんだ。

 彼女は、ビンの中から出、机の上のノートやら本やらを押しだした。しかし、彼女にとってはかなり重くてなかなか動かない。

「あら、シャントちゃん、なにやってるの?」

 お母さんがそれに気づき、近寄ってきた。

「ちょっと、それはどこ置いていいかわからないから、そのままにしといてって......」

 バサッ、バサバサ、ドサァっ!__

「あらら......」

 本やらノートは、勢いよく床に散らばった。

 お母さんは顔に手を当て、めんどくさそうに本のところに駆け寄った。

「こりゃ、床も掃除し直しだねぇ...」

 ふと、落ちた拍子に広がったノートが目に入った。紙面は雑な文字でびっしりと埋め尽くされている。時たまわけのわからぬ図形や、魔法円が描かれている。

「......」

 お母さんはしばらくそのノートをまじまじと見つめた。シャントはくるくる飛び回っている。まるでノートを見るよう促しているようだった。

「シャントちゃん、わかってるよ、知ってるよ」

 お母さんは優しい声で、シャントに話しかけた。

 シャントはアルディと出会ってから、彼が普段何をしていきたか見てきた。彼は野心家で、それでいて勤勉家であった。毎夜机に向かっては、ひたすらに魔術の勉強に没頭していた。それがこのノート群に表れていると、彼女は直感していたのだ。そして、それを知ってもらうことが、彼を応援してもらう一番の近道だとも思ったのだ。

 しかし、お母さんは知っているよ、と言った。シャントは思わず首をかしげた。

「だってねぇ、あの子があんなにやりたいって言うんだもの、あの気の弱い子がだよ。影で努力してるんだって事はわかってたよ」

 お母さんはノートをペラペラめくりながら、話していった。

「でもねぇ、やりたい事と向いてる事が、必ずしも合致するとは限らないんだよ。あの子は頑張っているさ。でも、一人暮らししてるんだから、あ、今は二人だったね。とにかく、お金もらわないといけないんだから。最初から中々うまくなんかいかないんだから、今は、まず何でもいいから仕事決めないと...、あの子のためにもならないんだよ」

 お母さんはわが子を慈しむ心でいっぱいだった。本当はめいいっぱい夢を目指して、と応援したかった。ただ、現実を知る大人としては、どうしても全部応援、という訳にはいかないのだ。

 お母さんにだって、夢があった。しかし、この世で生きている以上、我慢しなければ、生きていけないことがほとんである。人の一生とは、魔法のようにすぐ答えが出るものでもないのだから。

 シャントはしゅんとしている。自分に自由を与えてくれた主人に、ご恩返しをしたい。その思いで常に傍にいる彼女にとっては、アルディが夢は叶えることは、あまりにも大事なことであった。

「......」

 お母さんは、しばらく考え込んでいた。ふと、笑みを浮かべると、観念したように口を開いた。

「でも、まさかこんなに勉強してるとはねぇ。家に帰ってきてもそんな素振りも見せないんだから。まったく」

 お母さんは意を決した。と、またパタパタと掃除の続きをしだした。散らばった本とノートは元の場所に戻して置いた。それを見つめるシャントの目はいつまでも輝いていた。

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