最終章 この時のために - Magic Recruit

 部屋の中を見たアルディは思わず目を覆ってしまった。強い光を感じた...ような気がしたからだ。目を慣らすつもりでゆっくりと目を完全に開けた彼は、その目を疑った。

 部屋の中には不思議な空間が広がっていたのだ。

 部屋一面が真っ白なのである。床、壁、天井と、全く区別もつかない。完全な真っ白な空間。まるで、この世から色がなくなってしまったような、そんな感覚に襲われる。自分の足元の影だけが、薄暗く揺らめいていた。

 真っ白なため、目に対する刺激が強い、と感じてしまったが、部屋の光が強いわけではないようだ。それにしても、この部屋は一体何に使う所だというのか。

 自分が異空間に放り込まれた感覚。なんだか、頭の中まで真っ白になってしまいそうである。

 そうこう考えているうちに、アルディが入ってきた側と反対側の壁(?)が開き、二人の中年の男性が部屋の中に入ってきた。

 一人は、ツンツン頭に髭っ面、黒縁めがねを携え、口元に微笑を浮かべている。もう一人は、やや釣り目で、頬がこけており、なんとなく恐い印象だ。二人とも三十代後半であろうか。お世辞にも魔道師には見えない。どちらかというと"アーティスト"と言った方がしっくりこようか。

 ツンツン頭は、ツカツカと歩み寄り、アルディと三、四メートル離れたところでしゃがむ姿勢をとった、と思うと、"その場"にどっかと"座ってしまった"。

 アルディは、(空気椅子!?)と思い、ぎょっとしたが、何もない空間に座るとすれば、それはもう空気椅子としか考えられない。見た目によらず、たいした筋肉の持ち主だな、と思っていた矢先、ツンツン頭がとんでもない注文をしてきた。

「ん? 君も座っていいよ、どうぞ」

 アルディは、ぎょっとして、思わず「は?」と返してしまった。

 ツンツン頭はいたずらっぽい笑みを浮かべ、手で催促している。

 アルディは渋々、座る姿勢をとろうとした。体力も筋力にもまるで自信がない彼は、不安にだったが、とりあえず十数秒空気椅子をすれば、相手も満足するだろうと思い、挑戦してみることにした。

 と、完全に座る姿勢になる直前、彼の尻に何かがフワッと当たった。と、思うと、彼自身もその場に"座って"しまった。

 彼は一瞬何が起こったがわからなかったが、次第に自分自身の筋力ではなく、何か、椅子のような物に座っていることを認識した。どうやら、この部屋では、どこでも"座る"ことができるらしい...。

 変わらずいたずらな笑みを浮かべるツンツン頭を尻目に、釣り目の男が申し訳なさそうに言った。

「驚かしてすみません、全部社長の趣味趣向でして...」

 アルディは混乱した。趣味趣向でこんな部屋があるのも驚きだが、このツンツン頭が、この魔導社の社長ということにも驚いてしまった。風貌もさることながら、年が若い...。不安とわくわく感が同時に彼の胸に去来した。

 この社には他の社にはない何かがある、そう強く感じたのだ。

「んーと、じゃぁ、さっそく始めようか。普通に名前からどうぞ」

 "社長"は"空気"椅子の一件を勝手に水に流し、面接を始めてしまった。どういう仕組みなのかとか、この真っ白の部屋は何に使うのかとか説明してくれてもいいじゃないか、とアルディの頭をよぎったが、彼自身もせっかちな性分から、さっさと本題に入りたかったため、この流れに賛同してしまった。

 アルディが名乗り、面接は始まった。

 質問は志望動機、好きなもの、嫌いなもの、得意分野など、他の社となんら変わらない質問が続く。しかしながら、折々に社長のひねりのあるジョークが挟まれるため、その場は自然と楽しいものとなっていった。アルディの緊張もすぐにほぐれ、会話が弾んでしまったほどである。

 話は、この社の概要に移っていく。

「まぁ、そういうわけで、もう調べたと思うけど、ウチの社は他の魔導社とはちょっと違ってね」

 『もう調べたと思うけど』という台詞にアルディはぎょっとした。ろくに調べもしないで試験に臨んだからだ。というより、彼は、社を受ける前にその社の事を調べたことがまるでない。今まで下手な鉄砲数撃ち中る、ではないが、とりあえず受けとけ精神で受けてきたのだ。彼の行動は常にそういうきらいがある。そのきらいで、失敗した例はいくらでもある。臆病で、調べるだけで行動に移さないよりはマシなのかもしれないが...。

 社長はそんなアルディの一瞬の表情の変化に気付いたようだが、あえてなのか、スルーして話を進めた。

「ウチは、魔法で広告全般を作っててね...。ようは、マジック・グラフィックス、だよ。魔法でデザイン業をやってるのさ」

 それを聞いたアルディの中ではピンとくるものがなかった。彼の通った学院では、基本魔法学から、高等召喚術まで全般の授業を行っていたが、魔法でデザインや芸術作品を作るような授業はなかった。

(いや、確か一回だけ...)

 彼は、学院の授業を思い出していく中で、修了年の半ばに一週間だけ、高等魔法技術の科目で、絵画技法の授業があったのを思い出した。どんな内容だったかと回想するアルディに構わず、社長のハキハキとした声は続いた。

「んで、今回は映像クリエーターを募集してて、君が来たわけだ」

 アルディは、しまったと思った。今の社長の話の大半を、思いふけりで聞き逃してしまったからだ。しかし、最後の言葉だけは聞き逃さなかった。

(映像......だって!?)

 彼は魔法でデザインをすることには、ピンとこなかったが、"魔導映像"には馴染みはあった。それもそのはず、大昔から、魔法によってある場面、光景を記録し、壁や、はたまた空気中に投影する技術は存在し、よく使われていた。今ならば、市販で、目の前の光景を魔導映像として記録できる、"カメラ"なるものが出回っているくらいだ。

 しかし、社長が言っているのはそんなものではない事を、アルディは直覚していた。そして、ことここにきて、この社が、魔法でクリエイティブ事業を行う社だということに気付いた。

 つまり、映像クリエーターとは単に映像を録るという職種ではない。クリエイティブな映像、つまり、モーショングラフィックスを作る人ことである。

(...こんなところで、映像って単語が出てくるなんて...)

 彼はいつだったか、水晶放送で、あるコマーシャルを観た時、とてつもないカルチャーショックを受けたことがある。だいたいのコマーシャルは単に映像を組み合わせただけの、物ばかりであるが、そのコマーシャルは他のそれとは違った。リズムカルに動く文字、躍るように繰り広げられるグラフィックの波、そして、小気味よい音楽。彼は猛烈にその映像に魅せられ、一時期、その映像を真似て映像を作りまくったことがあった。

 とかく、彼の映像制作の経験はその短期間のみであったが、こういった仕事もしてみたいな、と心の片隅にはあったのだ。

「本当は、今まで作ってきた作品を見てみたかったんだけど、持ってきてないだろ? 多分」

 図星である。というより、彼が、面接に作品が必要なんてのは今初めて知ったことだ。(無論、わかっていても、作品と呼ばれるものは、彼は持っていないのだが...)彼はうつむきかけてしまったが、暗いように思われてはなるまい、と、すぐ顔を上げた。

 社長は釣り目と何事か囁き合うと、意を決したようにアルディに向き直りこう言った。

「ま、というわけで、この場で一作、作ってもらおうかな」

(えぇ~~~~!?)

 アルディは努めて冷静な顔をしていたが、内心はこう叫んでいた。しかし、ここまでくればなんとなく予想はできていた。そうでなければ、なんのために絵の具などの魔導絵画用品を持ってこさせたのか。

 彼は、マジでやらせんのかよ、と思ったが、何があろうとも勝つ、と決めた試験。ここでたじろぐ訳にはいかなかった。

「じゃぁ、さっそく始めてもらうけど、やり方は...わかるよな?」

「はい!」

 自信満々の彼の返事に社長は微笑を浮かべた。

 無論、アルディにそんな自信などあろうはずもない。他の魔術ならまだしも、まったく準備もしていなかった、魔導映像だ。過去に集中的にハマっていたことがあるのが唯一の救いか。

 しかし、彼は一歩も退くわけにはいかなかった。この場に来るまでのあらゆる決意を裏切る訳にはいかない。必ず勝つと決めたからには、やるしかない。その強気が彼自身の不自信を吹き飛ばした。

 アルディは、魔導映像の作り方を思い出しながら、作業にかかった。手馴れた手つきで床に"七芒星"を描き、その周りに文字と図形を描いていく。

 魔導映像にしろ、絵画にしろ、芸術系の魔術は他のそれとは少し毛色が違う。通常、魔術とは、自分の思う結果が出せるように魔術を組む。対して芸術系の魔術は、自分の思い描いた光景、作品により近づいた作品ができるように組む。魔術が主体なのか、自分の想像が主体なのかの違いであるが、それによって、前者は、多少自身のイメージがあいまいでも、既存の魔術体系によってある程度は術になるのだが、後者は、イメージを具現化する作業なので、そうはいかない。ようは、あいまいなイメージで行えばあいまいな作品となってしまう。術者のイメージがそのまま現れるのだ。

 彼はその部分は過去に映像を作ったことがあるので、ある程度は理解していた。ゆえに頭をめぐらし、どんな映像を作るかのイメージを急速に固めていった。

 映像のイメージが固まったと同時に魔法円は完成した。映像のイメージは、彼自身が驚くくらいにはっきりと、そして、斬新なイメージとなった。

 彼は、イメージが崩れないうちに、と素早く術式に入った。

「おぉ、ヴァッサゴよ、夢に住まわし幻よ。今こそその姿を我が前に現したまえ、映したまえ」

 彼の魔力のこもった呪文が部屋に静かに響いた。

 ヴァッサゴとは悪魔の名である。悪魔はもっぱら黒魔術の際によく召喚される。芸術系の魔術の際は、黒魔術の時と同様、悪魔の召喚がいやおうにして必要となる。なぜならば、自身の秘めたる部分を引き出す存在が悪魔であるからだ。その事からも、この国の魔術相は、あまり芸術系魔術をよしとしていない。だが、芸術、文化の自由から、芸術系の魔術の時のみ、悪魔の召喚が許されている。

 アルディは詠唱の後、七色の絵の具の蓋を一個ずつはずしては、魔法円の各頂点に置いていった。虹の七色である。そして、また詠唱を始めた。

「さぁ、ヴァッサゴよ、我が前に現れし幻想よ。その腕を持って虹を描きし者よ。我が幻想は汝が腕、汝が幻は、我が幻想。我を映しし鏡よ、光よ、全てを解き放ち、世の皆光となり給え!」

 アルディの声は部屋中に木霊した。時間にして数秒程度か。しかし、その場の者達にとっては、とてつもない時間が流れたように思えた。

 彼の声の残響が終わるや否や、突如七色の絵の具が光りだした。

 アルディはそれを見かねて、素早い動作で、魔筆とパレットを両手に構え、魔筆を持った腕を上に振った。

 するとどうであろうか、絵の具がボトルから、ひねり出るようにゆっくりと天に昇り始めたではないか。

 その様子を、社長と釣り目は真剣な眼差しで見ている。

 アルディは、そのことを気にせず、無我夢中となっていた。彼は自我という"意識"が無くなっているのを気付きもしなかった。そう、完全に"トランス"状態になっていたのだ。

 ヒュッ、ヒュッ!

 彼は勢いよく縦横無尽に筆を振りだした。その動きに合わせるように、宙を浮く絵の具が舞う。ある時は交わり、ある時は離れ、絵の具はまるで生き物のように部屋中を駆けずり回った。絵の具が動くたびに光がちらつく。

 次第に彼の手の動きが激しくなる。それと同時に、絵の具の舞も勢いを増していった。

 舞が架橋に差し掛かったと思うと、突如絵の具達は四散した。

 普通ならば、突然の効果音に驚くはずの社長と釣り目は微動だにしない。なざならば、彼らは、プロであり、今までにこの絵の具の舞も、それが四散する光景も何度も見てきたものだからである。二人は確信した。アルディの作品が完成したことを。

 しかし、一向に次に何も起こる気配もなく、数十秒が経過した。

(失敗か?)

 社長と釣り目は、その場の空気から失敗であることを感じとった。

 アルディの頭にはデジャヴにも似た違和感が去来する。三週間前に大失敗を起こした試験のせいだろうか。しかし、彼はその違和感を断ち切った。

(絶対成功している!)

 彼は確信していた。なぜならば、今の彼には自信が満ちていたからだ。

 その理由は本人にもわからなかったが、ただ、今までの試験の時とは、何かが明らかに違う、その感覚だけが確信の原因となっていた。

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