第一章 至高の仕事 - Magic Recruit

 夢は必ず叶う。

 じいちゃんの口グセだ。

 そう、夢は必ず叶うんだ。

 でも、叶えるには相当の努力が必要みたいだ。努力し続けるには執念が必要みたいだ。

 そして、それらを持つには、成功を信じる"心"が必要みたいだ。

 俺の夢かい?

 それは、魔法でメシを食うことさ!

 薄暗い円い部屋。いや、厳密には円いのではない、部屋は丸い立体的な球体をしている。部屋の壁には、一面に奇妙な模様が描かれている。なんとも言えない不思議な雰囲気だ。

 その中に、長いテーブルが一つある...というより、浮いているといった方がよいか。そのテーブルには三人の男がいる。三人のかっこうはバラバラで、三角帽子をかぶった者、スキンヘッド(刺青が施されているが)の者、もう一人は、ローブをかぶっていて顔はよく見えない。中年が一人、あとの二人は二十代後半のようだ。

 三人はしきりに部屋にいるもう一人の男、青年に話しかけていた。

「......さて、それではそろそろ実技試験に入りましょう」

 テーブルの真ん中に座っている、三角帽子の中年が言った。

「は、はい!」

 青年は即座に答えたが、うわずったすっとんきょうな声をあげた。テーブルの三人は一瞬、睨みつけるような視線を青年に向けたが、すぐさま青年の行動に目をやった。

 三人は、この時をいつも楽しみにしている。彼らにとって、若者が慌てて必死になるのを見るのが、一種の快感となっているのだ。

 青年はポーチから何やら、チョークのようなものと、緑色の液体の入ったビン...エーテルと呼ばれる魔力を高める薬、それと分厚い本を取り出した。

「ふむ、準備はよろしいかな?」

「はい」

 これらは魔術を行う上で最低限必要な物である。それ以外は、魔術によって道具が変わることがほとんどだ。そう、実技試験とは魔術儀式のことなのである。

「よろしい。それでは、その円錐の石器を使い、あの窓から見える塔を破壊して下さい」

 そう言うや否や、三角帽子は、青年の足元にある円錐型の石器と、球体部屋の窓を指差した。

 何も知らない者が聞けば、なにがなんだかさっぱりわからない内容の話だ。

 しかし青年は、理解したようにうなづき、床に(といっても青年も部屋の中で浮いている)先程ポーチから取り出したチョークで何やら描き始めた。

 何万回もの練習の成果か、淀みない動きだ。最初は円を二重に描いたかと思うと、円と円の間に文字を書き、最後は真ん中に五芒星が描かれ、"魔法円"は完成した。

 魔法円とは、魔術を行う際に、祭壇に使う場所、床に描く、円と文字等を使った図式の事である。この魔法円の中心には、その魔術の用途に応じ、ほぼ必ず芒星を描く。芒星にはそれぞれ固有の意味があり、引き出す力の質も形態も異なってくるのだ。芒星を描かなければ、召喚する精霊、もしくは悪魔を象徴する紋章が描かれたりする。よく、こういった儀式に使う図式を、一般では魔方陣と呼びがちだが、それは間違いだ。魔方陣とは、アブラカタブラや、セフィロトの樹と呼ばれる図の事を指す。これらは、それ自体に意味、力が備わっているものだが、魔法円には、それ自体に意味があるものがない。ただ円を描いただけでは、意味をなさない。儀式に応じて内容を変えねばならぬのだ。

 青年は、その五芒星の中心に石器を置くとすっくと立ち上がり、手に持った本を開いた。テーブルの三人はその様子をじっと見つめている。青年はそれに気づいたか、一瞬苦そうな顔をした。

(あんまジロジロ見るなよ、やりづれぇ...)

 そんな風に思いそうになったが、すぐ頭をふり、雑念を打ち消した。術式中に入る雑念は、魔術を失敗足らしめる最大の要因だからである。

 青年は本と石器に集中した。

「......」

 無言の空間。喋る者は誰一人としていない。異様な緊張感が四人を襲う。

「我は告ぐ!」

 突如青年が叫んだ。あまりに唐突だが、テーブルの三人は瞬き一つしない。

 青年の詠唱は続く。

「柱よ、今宵の敵は汝なり、柱よ、今宵の味方は汝なり。我にうつりし英霊よ、来たまえ、シヴァの名のもとに、我の敵には破壊を、我の味方には創造を与えたまえ!」

 青年の声は、先程とは打って変わってよく響いた。魔力のこもった声は、よく通る鈴の音のようだ。

 声はしばらく部屋に中に反響していたが、それもやがて消え、堰を切ったように静寂がおとずれた。何も起こらない。テーブルの三人は、窓の外の円錐を見るがヒビ一つ入っていない。

 ―失敗か?―その場の全員がそう思った矢先、三角帽子が異様にふくれていき...。

 ボンッ!

 強烈な爆発音が鳴り響いた。全員何が起こったかわからない。

「なんですか!? 何ごとですか!?」

「あぁ~~、帽子が、帽子が~~!?」

 三角帽子の男がわめき散らしている。

「大丈夫ですか、導師どの!」

 テーブルの二人は慌てて三角帽子の男によりかかった。

 なんと、三角帽子が木端微塵になっているのである。

 「大丈夫ですか!?」 「お怪我はありませんか!?」など、何を言っているのかわからないくらいに言葉が飛び交っているが、三角帽子(だった)男は、「帽子が、わしの帽子が~...」などとわめきちらすだけである。

 青年はポカーンとした顔でそれを見つめているしかなかった。

(なんでだーーー!?)

 頭は真っ白である。疑問しか浮かばない。

「君、何をしたんだね?あの塔を破壊しろと言ったのだ、導師の帽子ではない!」

 その怒号に、青年は我に返った。と、慌ててといってもマイペースに冷静に、儀式に使った道具などをチェックしだした。

「あ、一文字間違えた」

 青年は魔法円を見てあっけらかんと言った。男二人の表情がゆがむ。

「出てけーーーーーー!!!」

「グハッ!!?」

 蹴られたか、押されたかよくわからないが、青年は部屋の外に勢いよく飛び出ていった。

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