第一章 至高の仕事 - Magic Recruit

 素朴な街並み。西洋風の家々が並び、極たまに、浮いている家もある。空を見上げれば、見渡す限りの青空。その空には飛空挺が飛び交っていた。街行く人は皆、丈の長いローブを着ている。

 この街、マーリアル・ブルネットは魔法使いの街として有名である。魔術の研究、開発、技術・道具の輸出、学校まである。魔法使いにとっては、メッカのような街なのだ。この街で魔法の仕事をすることは、人生の勝利をも意味する、とまで世界中の人々は思っているほどだ。この青年、アルディ・バリャディースも魔法で仕事をすることを目指す一人なのだ。

 アルディは、歩きながらカバンから何かの銅像のようなものを取り出した。細かい装飾が施されており、奇妙な形の台座のてっぺんには水晶球が付いている。

「もしもーし」

 アルディがそう言うや否や水晶から淡い光が出てきた。と、光は人の形を成していき、やがて女性の形となっていった。出てきた女性は髪はパーマ、エプロン姿で体型はわりとやせており、年は四十代後半か。典型的な"お母さん"だ。お母さんは挑戦的でいて不安なような複雑な表情でアルディを睨んでいる。

「で、どうだったの?」

 お母さんが口を開いた。声を荒げてはいるが、怒気は感じられない。よくと通る綺麗な声だ。この銅像のようなものは、"携帯魔道話"と呼ばれるもので、魔力によって、同じ携帯魔道話を持つ人間の姿と音声を出現させ、遠くにいる人間とも会話やコミュニケーションがとれるというものだ。仕組みは、使っているアルディもお母さんもよくわかっていない。

 お母さんの声に怒気がないのを見かねてアルディは返答した。

「だ、ダメだった。はははははは」

 お母さんの顔が見る見るうちにしかめていく。

「んもーーー、なんでダメなのさ!あんた向いてないんだよーーー!」

「だ、だってしかたないだろ!? ダメだったんだからよ!」

 口論が始まった。道を行く人はなんだなんだとアルディ(達)を見やる。バカでかい声で二人は言い争っている。が、しかし、お母さんが優勢なのは言うまでもない。

「だから、もう決めらんないんだったら、家に戻ってきな!」

「んな、なに言ってんだ! それだけはごめんだ、実家戻ったら、魔術士になれないだろ!」

 口論は核心の部分に触れていった。アルディは二年前工学の街の実家から、魔術士になるべく、マーリアルの街に来て中央魔術専門学院に入学した。無事に学院は卒業できたのだが、卒業後就職活動をするも、まるで採用をいただけていないのだ。マーリアルで一人暮らしの彼にはもうお金はない。まずは何でもいいので仕事を決めるしかないのだが、アルディにとって魔術士になれないことは、死んだも同然のことであった。

「まったく...、職種選んでなければとっくに決まってるかもしれないのに」

「...ぐ...」

 口論の勝敗はついたようだ。彼はもうグウの音もでない。

「とにかくなんでもいいから仕事決めるんだよ!」

「...はい」

 どこか彼の言葉にも力がなくなってしまった。と、お母さんは思い出したように、あ、と小さく声を漏らし、言葉を続けた。

「そうそう、ハーブが切れちゃってね、ハーブセット、買っといてくれない? まじない付のね。マーリアルのハーブはもう最高なのよ~」

「はぁ? そんなの自分で街まで来て買ってけよ!」

 彼がすかさずもっともなことを言う。

「何? 文句あるの? まったく誰のせいで交通費も出せないと思ってるのかねぇ?」

 お母さんが皮肉たっぷりに言った。

「ぐ...はい」

 勝てるわけがない。

 お母さんは満足げに、うんうんとうなづき、じゃ、よろしくね~と手を振ると、携帯魔道話から消えていった。

「はぁ~~~~~~......」

 彼はこの世のものと思えない低い声で、ため息をした。まいった、非常にまいった。彼の頭の中はそんな言葉で満たされ、グルグル回っている。

「ま、いっか! もう遅いし、とりあえず就職のことは忘れよう!」

 楽観主義と言えば聞こえはいいが、ただの逃げともわからない実に紙一重の台詞である。ただ、事実時間は遅く、新たな魔導社(魔術産業によって経営されている会社のこと)を探すのはいささか無理であった。

 彼は母に頼まれたハーブを買いに、魔道具屋へ歩き始めた。さりげなく注文をする母に腹を立ててはいたものの、気分転換にはいい口実であったのだ。

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