第二章 - 赤い星

「おはよう。」

 元気な声が彩子の口から飛び出す。今日は札幌へ引越ししてきてからの第一日目。アパートの小さな窓から春の優しい陽のひかりが彩子の顔を撫でる。都会の朝は様々な音から始まるようだ。交差点を行き交う車のエンジン音、商店のシャッターが開く音、工事中の機械音、等々街全体が何か大きな不定形な生き物のように、朝の陽の明るさと共に動き出すことを彩子は知った。

 道路脇に建てられた十階建てのアパート「カサブランカ」からの見晴しは壮観だった。札幌駅まで徒歩十五分という所からの風景なので林立するビルや、ホテル群を目前に非日常の感が彩子の全身にみなぎった。去年のクリスマス・イブに上がったJRタワーも見える。

 夫は彩子が用意した朝食を慌ただしく食べると、いよいよ転任地初出勤だ。心なしか夫の顔が緊張の為、青ざめているように見えた。

「いってらっしゃあい。」

 幾分、間延びした声で彩子は夫を送り出す。これから引越しの後片付けもあるので、窓を開けながら気合いを入れる。この窓はアパートの西側にあって、唯一空気の入れ替えが出来る。小さいながら街の様子を見るのも、空気の調節をするのも、頼れる窓である。彩子は携帯電話で、長女・恵と長男・隼人の様子を探る。

 ―元気である― とのこと。

 果たして、姉弟二人、無事に生活してくれるのやら、不安は募るばかりだ。恵は仕事をしているから生活には困らないものの、隼人は地元に戻ってきてから職探しに奔走しなければならない。喧嘩してなきゃいいけど...。

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