Illust & Music 月の高いところ

最終章 この時のために - Magic Recruit

 社長の頬を涙が伝う。なんとも言いようのない感情が社長と釣り目に襲い掛かった。特段、"涙がでるような感動"がしたというものではなかった。寧ろ、宗教的意味が強すぎだ、と批判の念が浮かぶくらいであった。

 しかし、なぜだかわからない、わからないが、なにか胸の奥に入り、暴れられた、そんな不思議な感覚を二人は感じていた。とかく、今まで観てきた映像とは"何か"が違う。それだけははっきりしている。

 一方、アルディは、百%、否、百二十%の力を出し切った確信に支配されていた。果たして、今繰り出された映像は、本当に自分が作り出した物なのか、と疑って今うほどであった。

 束の間の静寂。その場の誰も口を開くものはいない。否、あまりにもの衝撃で、開くこともままならない。

 社長の胸の内は、自分が何か言わねばならないとわかってはいても、感動を言葉にできず、(言わなくては、しかし何も浮かばない)という思考がグルグル廻っていた。社長のお得意のユーモラスでさえ、この時ばかりは完全に鳴りを潜めてしまった。

 アルディは、最高の物ができたという核心はあっても、他人の目から見たらどうか、プロの目から見ての評価には、全く自信がなかった。目のやり場も失い、下を向きそうになったが、寸でで顔を上げた。(ここで下を向いたら負けだ、大丈夫、絶対大丈夫だ!)と彼は自身を鼓舞した。否、確信というアッパーが顔を押し上げたのだ。

 顔を上げると、社長と目が合った。社長は、このタイミングしかない、と息を吹き返したように半ば叫び気味で言った。

「うぉーーー、ワンダフォー、ビューティフォー、ベジタボー!!!」

 突然の発言に、アルディは思わず後ずさりしそうになった(実際は半々歩後ろに下がってしまったのだが)。釣り目さえ、この時はビクッと体をこわばらせてしまった(普段の社長の突然の言動には慣れているのだが、映像の衝撃から、完全に虚をつかれたのだろう)。

 社長は、まるで蛇口を急にひねったような勢いで、一気に捲くし立てた。

「いやはや、素晴らしい映像だった! 展開もそうだし、グラフィックもいい。曲線上手く使ってるなぁ。だいたい最後の女神? いいねー、カワイかったし、スタイルいいし。いやー、ごくろうさん、ごくろうさん」

「あ、ありがとうございます!」

 社長の奇声には首をかしげそうだったが、アルディの心は、喜びに満たされた。学校時代に、魔術を成功させた時も、ここまで褒められた事はなかった。何より、プロの人間に褒められたことが、何よりの勲章であった。

「さて...」

 一方、社長は迷っていた。この青年を採るか採らないかを決めかねていたのだ。

 面接をした限りでは、合格点であった。多少言葉に詰まったり、言っていることがよくわからない点があったものの、ハキハキと喋り、元気がある。この青年に滾る情熱も、会話の中で垣間見ることができた。

 作品に関しても、実力、技術、はたまた展開のさせ方なども、つたない部分がありつつも、新卒の採用としては合格点であった。

 しかし、社長を迷わす何かがあった。作品が独創的過ぎたのである。また、宗教性が強く、"デザイン"として世に出すには、いささか危険なものであった。否、新卒だという面から、そういった世の中に出す"制作"としての作品作りは、入社後にビシビシと教えるつもりであり、問題はあまりない。しかし、独創過ぎる作品を作る人間は、協調性を持って、チームとしての制作を行っていけるのか...、その一点が、社長の頭を悩ませた。

 かくゆう社長も、この業種に飛び込んだ当初は、独創性を求めてひた作品作りに走った。しかし、社会の荒波にもまれる中で、それだけではいけない、独りよがりの芸術作品に陥っては、人に認められず、お金はいただけない事を知った。その芸術家としての自分と、商業としてのデザインを行わなければいけない現実。そこに、人一倍苦しんできた社長であるからこそ、目の前の独創的青年を自分の魔導社に入れようか入れまいか迷った。その苦しみを味合わせるのが、果たしてこの青年の行くべき道なのか...。また、この青年がその苦しみを乗り越えるまでの間、社の利益に貢献していられるだろうか...。逃げ出さないでいられるか...。あらゆる思考が社長の頭を巡った。返事を後日に延ばすことはできる。しかし、先ほどの映像の衝撃が、返事を今に、今に! と急かしたてていた。

 この青年がほしい、と社長は思っていた。リスクが大きいのは重々承知だ。今まで、独創性が高い作品を持ってきた者を採ったが、チームによる制作に耐えられず、すぐに辞めていったという事も実際にあった。だが、それにもまして、この青年を使ってみたいと社長は強く思っていた。何が社長を駆り立てるのか。その原因は、この作品に込められた情熱と、この青年自体の真剣さ、なのだろう。とくに、真剣さという面でこの青年は、他の受験者と比べても、圧倒的であったのだ。

 この思考は、時間にして何秒間かであっただろうか。社長は、素早く熟考した。時間をかけると、逆に決断は鈍るものである。社長は、その事を誰よりも知っていた。

 社長は決断した。釣り目に目配せをし、言い放った。

「うん、明日から来てください」

 アルディは、思わず「えぇと...」と言葉を返してしまった。サラリと言われた彼にとっては晴天の霹靂であった。一瞬何を言われたかわからなかったのだ。

「採用ですよ。明日から来てください。始業時間は、さっき言ったとおりだから、遅れないように」

 社長は、微笑みは相変わらずだが、あっけらかんと言った。

「...は、はい!」

 アルディは、まだ半分以上は事実を飲み込めていないのだが、ひとまず元気に返事をした。

 その返事に、小さく二回うなづいた社長は、釣り目に話を振り、説明を任せた。釣り目は、アルディに何枚かの書類を渡し、それぞれの書類の内容を説明した。そして、明日出社する時に持ってきてほしいものを、告げ、以上です、と小さく言って話を結んだ。

 アルディは、しばらく頭が真っ白になり、ポケーっとしてしまった。

「ん、今日はもう大丈夫だよ、ごくろうさん。明日からよろしくな」

 社長の声かけに、アルディは我に返った。まだ半分も廻っていない頭で、ひとまず、面接が終わったのだということだけは、理解し、ならば、と手早く退散する事にした彼は、椅子(?)から立ち上がり、なんとか冷静な顔で礼をした。

「ありがとうございました。こちらこそ、明日からよろしくお願いします!」

 と、アルディは、失礼にならないかな、と気になりながらも、足元に広げた魔道具を片付け始めた。魔法円は、いつの間にか消えている。この部屋は、もしや、魔導映像をするための部屋なのだろうか。魔術を行う部屋というものは、おうおうにして、魔術の終了、もしくは効力が切れた瞬間に、床などに書いた魔法円、呪文が自動的に消えるようになっていることが多い。

 社長は、アルディが魔道具を片付ける様子を、楽しそうに見つめていた。

 アルディは、魔道具をカバンに詰め終わると、再度二人に一礼をし、部屋を出るため、歩き出した。社長と釣り目も、それに合わせて歩き出した。玄関まで送ってくれるようだ。

 アルディはまだ実感がわかなかった。まさか、面接のその場で採用をいただけるとは思いもよらなかったからだ。こんなことは初めてであった(無論、彼の人生初の採用なのだが、不採用を含め、その場で結果をもらえるなんてのは、この時が初めてであった)。

 社長と釣り目は、部屋を出て、玄関まで送ってくれた。

 アルディは、最後の最後まで気を緩めず、粗相のないように、礼にも、ドアの開け閉めにも細心の注意を払い、社を後にした。