Illust & Music 月の高いところ

最終章 この時のために - Magic Recruit

 アルディは、緊張などしてなかったはずだが、魔導社の戸口前ではさすがに緊張が走った。

(本当に大丈夫だよな。忘れ物はないか、書類の見落としはないかな...)

 もう、ミスが発覚したとしてもどうしようもない状況にはあったが、彼は最後の最後まで確認を怠らない。

 そう、たとえわかってもどうしようもない状況だったとしても、ミスを事前に自分で見つけることができれば、それに対して対処ができる。知ってか知らずか、彼はあらゆる状況に対応できる術を発揮していたのだ。

 魔導社アンデルファの外見は普通の洋館である。だが、他の洋館と比べ、装飾が美しいように思える。否、新しいデザインの装飾ではないだろうか、と、ドアをまじまじと眺めていたアルディは(もっとも、眺めていたの試験が始まるまでの時間稼ぎなのだが)なんとなしげに思った。

 ドアをノックするのにちゅうちょしていた彼だが、大丈夫、大丈夫、と自らを鼓舞すように二、三度、首を縦に振ると、手を伸ばしてドアをノックした。

「..............................」

 一分ほど時間が経ったが、反応は無い。だが、社を訪ねる時などそんなもんだ、とアルディは、社の訪ね慣れてから、気にも留めなかった。

 と、ドアの右脇に円いくぼみがある。くぼみの中には白い宝石が煌いているのが見える。それを見た彼は、慌ててそのくぼみに指を突っ込んだ。

 ピンポーン

 自然界には存在しないような、歯切れのいい音が鳴り響いた。

「そっか、最近一般化されたんだっけ。ずいぶんモダンな魔導社だなぁ...」

 彼が言っているのは、この白い宝石と、壁に設置されている装置のことである。 "魔導鈴"なる物で、この白い宝石に触れるだけで、中の人間に、客が来たことを知らせることができる優れものだ。今までは、宮廷などの特権階級の建物にしか設置されていなかったのだが、最近になって、製作会社の計らいで、一般に普及され始めたのだ。

「ハーイ!」

 と、急にどこからともなく女性の声が響いた。アルディは体をビクつかせ、のけぞってしまった。

「どちら様でしょうか?」

 最初、どこから声が響いてきているのかわからなかったが、二度目の声で彼は解した。頭の中に直接声が響いているのだ。魔導通信と同じ要領で、魔法によって人のテレパシー能力を増強し、頭の中の思考自体で会話をするという仕組みだ。

 わかってしまえば、なんてことはない。彼はのけぞった体を戻して返答した。

「本日の面接に参りました、中央魔術専門学院卒業生のアルディ・バリャディースです」

 この言葉を放ったのは何十回目であろうか。判を押したように淀みない。彼はこれで最後にしてやる、とハラを決めて言い放った。

「...あ! ハイ、少々お待ち下さい」

 女性は慌てている様子であった。誰かが社の面接に来るなら、社内に伝わるはずで、驚くことはないのであるが。声からしてもこの女性は新人なのであろうか。アルディがそんな事を考えながら数十秒の後、ドアは開いた。

「やぁ、いらっしゃい。お待たせしました。ささ、中に入って」

 出てきた男性は三十代ほどであろうか、髪は茶髪のパーマ。微妙に無精髭、ワイシャツに黒いベストを着た、イケメンのお兄ちゃんである。四十代~五十代の堅物な人が多い魔導社にしては珍しい、今風の若者である。

 アルディはフランクなお兄さんが出てきて、一瞬戸惑ったが、不思議と緊張が和らいだ。そもそも彼は、魔道師になりたいものの、固い人間が大の苦手である。魔導社を受けても、いつも、初っ端からたじろいでしまうのが常であった。

 だが、この社はそうではないのかもしれない。彼は、少々の期待感を持ちつ、兄ちゃんの案内で社内へと入っていった。

 社内の廊下は、外見とは裏腹にシンプルな外装であった。そのシンプルな単色の壁一面にボードが掛けられている。広告のような物からイラストレーションのようなものまであった。それぞれの作品の下には、"グラフィック賞"などが金、銀、銅色の太字で書かれている。この社の作品か...。ならば、この社は、制作の会社ではないか...。彼は来る場所を間違えてしまったと感じ、小さくなってしまった。

 と、思いあぐねているアルディに、兄ちゃんは親しげに語りかけた。

「いやぁ、ジャリアーニさんからの紹介なんでしょ? 聞いた時は突然で驚いたけど、いいタイミングだったよ。君今いくつ?」

「先月で二十歳になりました」

 アルディは突然聞かれてビクッとなったが、落ち着いて短く答えた。

「わっかいなー、ジャリアーニさん恐かったでしょ?」

 さっきから出てくる"ジャリアーニさん"って誰のことだ? とアルディは気になっていたが、少し考えれば、それは氷解した。前受けた魔導社の面接官の人だ。試験に使う道具を持ってこなかったこっちが悪いのだが、確かに恐い人だった気はする。アルディは苦笑いでうなづいた。

「ははっは、あの人若い人にはキビシーからさ」

 この兄ちゃんのくったくのな笑顔に、アルディも思わず笑みをこぼした。なんと気さくな人か。この国の人にしては珍しい。

 そうこう会話をしているうちに面接会場に着いたか、兄ちゃんは足を止めた。

「さぁ、面接が始まるまでこの部屋で待ってて下さい」

 兄ちゃんはドアを指して言った。そのドアには、玄関にあったような、モダンなデザインが施されている。

 兄ちゃんは去り際、ちゃかすように励ましの言葉をかけてきた。

「頑張れよぉ、期待してるからさ」

 あれ、この兄ちゃんが面接してくれるんじゃないの...? と、思うと半ば残念な想いがした彼だが、まぁいいか、とすぐ気持ちを切り替え、部屋のドアを開けた。