Illust & Music 月の高いところ

第五章 業 - Magic Recruit

 そうこうしているうちに、別の係員がやってきて、責任者風の男に何やら小声で伝えた。

「それでは、手続きをいたしますので、少々お待ちいただけますでしょうか」

 男が言ったが、ラントは相変わらずわんわん泣いている。

「ほら、もうちょっとでママに会えるってよ」

「うぐ、うっ、うっ...」

 ラントの涙が少し収まったのを見計り、アルディはラントに、ちょっと腕かして、とラントの腕をとった。

 そして、バンドをはずし、中のピンクトルマリンを取り出した。取り出した瞬間、宝石は光を失った。心なしか、使用する以前より色が沈んだ色に変わってしまった。

(やっぱり、一回が限界か)

 アルディは、様々思うところがあったが、今は考えず、その宝石を握り締めた。それをラントの手の平にポロッと置いた。

「ほら、これやるから、泣き止めって」

 涙目をこすって、ラントは手の平にあるそれを見た。

「いいの? これ高いんでしょ?」

「いいのいいの、記念だよ、記念」

 アルディはあっけらかんと応えた。ラントは彼のそんなカラッとした態度に、逆に納得し、石を握り締めた。

「ありがとう」

 アルディは頬をポリポリかき言った。

「まぁ、パワーはもうないんだけどね...。でも二スコールもしたんだから、大事にしろよな」

「うん!」

 ラントはすでに泣き止んでいた。アルディはそれを見てほっそりと微笑んだ。

 係員がラントを呼んでいるのを見ると、アルディはラントを促した。ラントは三度うなづき、だぁーっと係員の方へと駆け寄った。

「あなたは、魔法使いの方なんですか?」

 責任者風の係員が急にアルディに話しかけた。アルディは、急な質問に一瞬思考が止まってしまったが、えぇ、とそっけなく答えた。

「あの宝石が光っていたので、もしやと思いましたが、やはりそうでしたか。あのお子さんをここまでお連れしたのもあなたなんですよね?」

 こいつなにが言いたいんだ? と疑問が浮かびつつも、アルディはとりあえずうなづいた。

「おそらく今回の件、魔法ででしか解決できなかったと思います」

 アルディはきょとんとした顔をして、あたりまえの疑問を投げかけた。

「なんでですか?」

 男はおだやかな顔で答えた。

「実は、グィーネ様が向かわれたホルディング国への便は本日で最終便でございまして」

 アルディはそれを聞いてぎょっとした。男は説明を続ける。

「我が国と、ホルディングの間に戦争の機運が高まっておりまして、全国的にホルディングへの便は本日でいったん打ち切りなのです」

(なんてこった...)

 彼はニュースでそのことは知ってはいた。しかし、国交まで失われかけているとは思いもよらなかった。男は結論を言った。

「なので、今日中にラント様がこちらへお越しくださらなければ、当社もいかんともし難かったのです」

 アルディの中で、全てがつながった。

 ラントは完全に迷子になっていた。たとえ誰かに発見されても、今日中に空艇港まで来れなければ、ラントと、家族は離れ離れになり、再会するには両国の関係がよくなるまで待たねばならなかったのだ。空艇港から、警備隊に捜索願いを出したとしても、実際にラントを捜すのに動き出すのは、手続きなどで一日遅れだ。

 結局、アルディが、なかんずく魔法ですぐラントをここへ連れてくることでしか、この少年と家族を救うことはできなかったのだ。

 アルディは身震いした。もし、自分があの屋敷までいかなければ、否、シャントが導いてくれていなければ...。

 ふと、彼はシャントの事を思い出した。そういえば、さっきから姿が見えない。彼はキョロキョロとシャントの姿を捜したが、見つからない。しかし、頭の上に生暖かい物が乗っていて、その生暖かい物がふくらんだり縮んだりしているのを感じ、それがシャントであると確信した。

 シャントはいつの間にか彼の頭の上で寝ていたのだ。どうりでさっきから姿が見えなかったわけだ。

 彼は、ようやっと妖精の伝説を信じるにいたった。本当に不思議な生き物だ。妖精の直感に改めて感心した。

「うおーい、お兄ちゃーん!」

 遠くでラントが大声でアルディを呼んだ。飛空艇に乗る段取りがまとまったのであろうか。

「どうやら、もう行かれるようですね」

 責任者風係員はラントの近くにいる係員と目配せをした。どうやら、行く準備はできたようだ。アルディはラントのところへ向かおうとしたが、その前に、ラントがだぁーっと駆け寄ってきた。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん、俺もう行くよ。本当にありがとう!」

 アルディはドキッとした。ラントはそう言うと、さっと身を翻し、係員のところへ戻って行った。

 アルディの胸には言いようの無い喜悦がほとばしっていた。魔法で人に喜んでもらえた、役に立てた。その事実が彼の心に、否、その場に一つの感動を呼び起こしていた。

 彼はこの言葉をもらうために今まで魔法の勉強と修練をしてきたんだ、とさえ思った。人に喜んでもらうために。自分がやりたいと思えることで、人の役に立つものは、彼には"魔法"しかなかったのだ。アルディの才能はこれだけじゃないかもしれない。しかし、今は少なからず、魔法しかないのだ。

 彼は心で泣いた。魔法は元来、こうであるべきであると思った。人に喜びを与え、それを見て自らも感動をもらえる。それが本当の業ではなかろうか。

 しかし、昨今の魔法は、金のための道具となり果て、目下人を呪っている。金のためには、生活をするためには、どうすれば売れるかは重要だ。だが、人はそれでは割り切れない生き物だ。割り切れないゆえに言いようの無い虚無感が圧し掛かる。現代の魔術業界に、否、他の業界にも、そういった心の空虚があるのではないだろうか。そんな空虚を打ち払うには、人のために行動し、結果を出すことが必要不可欠だ、と彼は思い至った。また、自身がそうなっていきたい、と彼は決意するのであった。

「じゃぁね、お兄ちゃん! またね!」

「...おう! またな、元気でな!」

 アルディは、ラントの声に我に返った。"またね"という言葉に先ほどとは違うドキッとした感じ。お互いの国の間では、戦争の機運が高まっている。下手したらもう一生涯会えないかもしれない。しかし、子供はそのようなことはわからない。無邪気だ。そのような素直さ、無邪気さが、この世界を救う力になるのではないか、とアルディは思った。そもそも、素直な心で人を見れれば、戦争など起こりはしないのではないか。自分とは違う、消してしまえ、というのが戦争の心理であるからだ。

 彼はラントが係員に導かれ、ゲートの外へ消えていくのを見送った。

 彼の胸にはまだ喜悦が残っていた。なにせ、この瞬間を夢見て、魔法を学び、魔法での仕事を探していたのだから。

 しかし、それと同時に喉に何か詰まるのような感覚を覚えた。今さっき大役を果たしたのだが、今日、彼にはまだやらねばならぬ事があったのだ。そのやらねばならぬ事へのプレッシャーが、彼の喉を詰まらせているのであった。